PART 3

KID KOALA Space Cadet Show

KID KOALA(以下キッドコアラ)がBiosphere, Environment Museum内にあるプラネタリウムで”Space CadetShow”を行うという事で、スタッフとして動いているスコットと共に現場に赴いた。会場は設営準備の真っ最中、私もお手伝いをさせて頂く事に。Space Cadet Showは、お客さんは、全員ヘッドフォンを装着し、周波数を合わせてライブを聴くというとても実験的な試みである。しかも、会場に設営されている専用のマットの上に寝転がり、専用の枕に頭をのせて、プラネタリウムの天井を眺めながら演奏を聴くのだ。会場を設営しているだけでワクワクしてくる。設営のお手伝いが終わり、今度はエントランス付近のキッドコアラの物販ブースの設営を学生ボランティアスタッフと共に手伝った。手伝いの最中にキッドコアラが現れ、しばし会話をした。とても優しくて、温かい人柄であった。ライブ前の集中している時にも関わらず、しっかりと私の目を見て、手を握り話してくれた。「日本から来たんだって?よく来てくれたね。ありがとう。日本は地震や津波が大変だったというニュースを見たよ。大丈夫か?とても心配しているし、僕に出来る事があればしたいよ。」と話してくれた。私は彼のひととなりに触れ、表現者としての尊敬の念もさることながら、人間としても彼の存在に魅せられた瞬間であった。開演までまだしばらく時間があるというので、設営を諸々終わらせて、私はプラネタリウムの近くにある森林公園で作詞をする事に決め、スコットと別れて一人、森の茂みに向かって歩を進めた。

当時Kid Koalaと仕事をしていたScott Da Ros (右)

設営中のプラネタリウム内

Space Cadet Bookのアートワーク展示

実験映像が流れるテレビとスペーシーなレコードジャケットのディスプレイ

Kid Koala自ら作ったクレイ人形

会場のデコレーションはKid Koalaの奥さんが担当

〜 グラウンドホッグに恋をして 〜

森の中へ足を踏み入れると、すぐさまマイナスイオンに包まれて、清々しい透き通った風が心地よく木々を揺らしていた。ふと地面に目をやると、モグラが開けた穴とは異なる穴ぼこが所々に開いているのに気が付いた。穴を覗き込むが真っ暗闇の穴の中からは生き物の気配はしない。この穴はどのくらい深い穴なのだろうか?などと思いを巡らせていると、ちょうど目と鼻の先にあるもう一つの穴ぼこからひょこっと何やら見た事の無い動物が現れた。モグラであれば日中は太陽光にさらされる事を嫌がるはずで、地上に這い出る様はなかなか見られない光景である。その見た事の無い動物は、明らかにモグラとは違い、まるまると太ったリスの様で、巨大なモルモットの様でもある。しかしなんとまあその姿が愛らしい事か。(後にスコットが、それは「グラウンドホッグ」という名の、カナダの森や自然の多い場所ではではよく出会う動物だと教えてくれた。)

私は一瞬でそのグラウンドホッグに恋をした。しばらく夢中で彼の後を付いて行った。のそのそと動き、リスの様に機敏な動きではないのであるが、時折その短い足で、スタスタスタっと小走りに進んだかと思えば、道に落ちた木の実をもぐもぐもぐと頬張り、食べては拾い、拾っては食べ、両頬ぱんぱんにさせてもぐもぐもぐもぐ。相当な食いしん坊である。その姿がなんとも可愛らしい。しばし私はグラウンドホッグの虜になった。

〜 野鳥に触れて 〜

キッドコアラのSpace Kadet Showの準備の合間に公園の木陰で物書きをしていると、奇妙な笑い声の様な音が聴こえた。

「ケタケタケタ」という音のなる方へ目をやると、胸がオレンジ色をした鳥が低空飛行して私の元に飛んで来た。そして飛び去って行くのかと思いきや私の足元に留まった。

「どうした?」と思わず声を掛ける。

その鳥はじっとしたまま動こうとしない。しばらく私はあっけにとられていた。こんなにも近くに野鳥が降り立つ事は人生で初めての経験であったからである。

「もしかして怪我をしているのか?」と思い、その鳥にゆっくり触れてみようとする。するとなんと驚く事にその野鳥は私の接触を許してくれた。そっと野鳥の羽をなでる。暖かい。命の鼓動が手に直に伝わってくる。

「本当に怪我をしているのかな?」と思い、

私はゆっくりと野鳥を手のひらに乗せてみようと試みた。

するとなんとそれをも野鳥は許してくれた。

しばらく私と野鳥は目と目を見合わせる。

鳴くでもなく、暴れるでもなく、極めておとなしい。

足に怪我でもしているのだと思い、足を看ようと野鳥をひっくり返してみるが、動かないし、特に怪我をしている様子も見当たらない。すぐにまた手のひらの上に乗せてみる。しばらくすると突然、その野鳥は飛び立って行った。

なんて不思議なひとときだったのだろう。私は生態系を壊してしまってはいないか省みた。しかし、私は木陰で物書きをしていただけだ。そしてその時私のノートには“発酵人間”の歌詞「元居た所に戻り小鳥が歌う愛」という詩が書かれてあった。私はなんだかとっても嬉しかった。

もしかしたら小鳥と心を通わせる事が出来たのかな?

後にスコットとエリックにその話をしたら物凄く驚いていた。地元の人でもやはり野鳥を手に乗せた事は無かった様だ。その野鳥の姿形を事細かに伝えたら、その鳥の名前は”ロビン“という名前である事が分かった。そんなロビンの話をしている大の大人達の表情はまるで少年の頃に戻ったかの様に透き通っていた。

心洗われる体験であった。

KID KOALA Space Cadet Show

いよいよキッドコアラのSpace Cadet Showが始まった。会場の入り口ではヘッドフォンが配られて、皆会場の思い思いの場所にゴロっと横になる。薄暗く幻想的な雰囲気のプラネタリウムの中で、ショーが始まるのを待った。ショーは地元のバンドが一組演奏をして、その演奏の最後にはキッドコアラがバンドにスクラッチを入れて、会場を沸かせていた。このバンドも宇宙を感じる素晴らしいバンドであった。

いよいよキッドコアラのショーのはじまり。ステージではVidがエンジニアとしてサポートに付いている。ステージの上はさながら宇宙船のコックピット。彼はステージ上でもとても気さくで、時折挟むMCではお客さんの笑いをとりながら、終始和やかな雰囲気のショーであった。しかしひとたびスクラッチをし始めると真剣そのものであり、自作のビートも全て格好よかった。けれども音を心底楽しんでいる様で、無邪気な少年の様な場面も見られた。そんなキッドコアラはファンの皆から愛される存在であった。ユーモアたっぷりのショーの中で最も笑わされたのは、彼が自分でも緊張すると言っていた、シンセサイザーを生演奏する際に彼が話した小話だ。「僕は昔、ピアノを嫌々ながら習っていた事があって、ある日、発表会に出る事になったんだ。何度も練習をしたが、どうしても上手く弾けない。本番でも弾き始めてすぐに間違ってしまった。そこで当時、ピアノを教えてくれていた先生の助言を思い出したんだ。「もしも間違えても焦らずに、一旦演奏を止めて、また始めからやり直せば良いから。」という助言だ。そのアドバイス通り、一度間違えてしまったので、僕はピアノのフタをとじ、楽譜を譜面台から下し、立ち上がり、椅子をしまい、舞台の袖まで戻り、また再び登場して、会釈をして、椅子に座り、譜面台に楽譜を置いて、ピアノのフタを開けて、演奏をやり直したんだ。」もしも間違えたら始めからやり直せという助言の意味を間違えて、なんと彼は入場からやり直してしまったのである。会場は一気に笑いの渦に包まれた。なんと面白い人なのだろうと思った。その後も終始笑顔で、とても楽しそうに演奏をしている彼を見て、観客も皆良い顔をしていた。ショーはお客さん参加型で、自作楽器に触れられたり、挙手制でお客さんから数名をピックアップして、一緒に演奏をしたり、ゲームをやったり、キッドコアラ体操をしたり。子供も大人も楽しめる、とても実験的な内容だった。彼はこの実験的なSpace Cadet Showを世界中のプラネタリウムで企画するそうだ。近い将来、日本でもSpace Cadet Showが開催される事を心待ちにしながら会場を後にした。

Kid Koalaの手元を映し出すプロジェクター

ゴロ寝しながらライブ開始を待つ

Biosphere, Environment Museum周辺に立つソーラーハウス

「人間復興 」のできるまで  〜幾つもの奇跡と感涙〜

Space Cadet Showが行われた週の週末に、私はスコットと共に、キッドコアラの自宅スタジオ を訪れる事になった。スコットの住む所から徒歩10分くらいの場所に彼の自宅兼スタジオは あった。スタジオへ向かう道中、スコットとこのモントリオールプロジェクトの候補曲となる 楽曲を彼のスタジオで数曲選ばせてもらおうという話になり。私は心を躍らせた。彼の家に着 くと、彼は笑顔で出迎えてくれた。スタジオは半地下の様な造りで、所狭しとビンテージ機材 や自作楽器、レコーディング機材が並んでいた。その場に圧倒されながら、数々の機材にあっ けにとられていると、キッドコアラが開口一番にこう言った。

「今回の日本で起きた大地震、大津波、原発事故の報道はカナダでも連日の様に放送されてい たよ。多くの方々が犠牲になり、悲しい想いをした事を心よりお祈り申し上げます。そしてと てもとても心配していたんだ。僕に出来る事と言えば、音楽を製作する事くらいだ。実は、も う楽曲を作ってある。志人、お前は詩人だろ?じゃあ、この場で詩を書いて、この場で録音し てみないか?」と。私は感無量だった。深々と頭を下げ。そして即座に鞄から紙と鉛筆を取り 出して、彼の横に座った。彼はプロツールズの中にある既に用意しておいてくれていたという 楽曲を再生し始めた。重たいビートに彼のスクラッチで制作された音のパーツが映画音楽の様 に鳴り渡る。私も彼もスコットも真剣なまなざしで、心と脳と耳に集中力を注ぎ込んだ。 「とてつもなく素晴らしい楽曲だ。」と彼に告げた。

「少し時間を下さいますか?この場で作詞をしますので、ヘッドフォンで何度もこのトラック をループで聴かせて下さい。」と、彼に告げると、彼はニッコリと笑った。私は作詞に集中を し、彼はマイクスタンドを立ててボーカルブースを作り、スコットはプロツールズに向かい合 い、三者三様、来るべき録音の期に向けて集中して取り掛かった。 「よし、出来ました。」二時間、無言の中何度も何度も楽曲を聴き込み、私は ” 人間復興 “ の 詩を書き下ろした。

「よし、じゃあ録音してみよう。」

録音は、キッドコアラ自身が担当してくれた。私はマイクに向かってまっすぐに詩を投げかけた。 録音は三者の濃密な集中力の渦の中、完了した。

録音完了後、私は全ての歌詞を自分なりに英訳してどの様な内容を歌っているかをキッドコ アラとスコットに伝えた。疲れなど微塵も感じなかった。寧ろ取り憑かれたかの様に制作し た。スコットは録音後の曲をエディットしてくれた。全ての制作は空が白む朝方三時頃には 完了した。私はキッドコアラとスコットと固い握手を交わし、互いに抱きしめ合った。同時 に私は心の中で祈った。全ての御霊達へ、今この世に生きる生きとし生けるもの達へ向けて。

スコットの家に戻り、つかの間の睡眠の後、朝方六時には私はセシスサヒブとブルーバード の待つロンドンへ向かう。一生の内でも忘れ得ぬ貴重な体験をした夜であった。 帰国後に ” 人間復興 “ のミックス音源が送られて来たのであるが、そこにはなんとQ-bertの スクラッチが入っていた。私は彼等からの音のメッセージを受け取って、涙した。 本当にありがとうございます。

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